忌部

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調査日 2015/06/30 2016/07/31 2017/08/31 2018/08/31
人口 2,1942,1762,1512,153
世帯数 787797809820
65歳以上人口 657684702715
高齢化率 29.95%31.43%32.64%33.21%

出典:Matsueオープンデータバンク(http://mob.tpj.co.jp/mob/no_login

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施設名 自然休養村センター・豪農屋敷
地域名 忌部
カテゴリ 旅行・レジャー
投稿者 システム管理者
投稿日 2015/12/08 16:30
コメント

自然休養村センター・豪農屋敷

地域の写真 忌部地域の歴史
忌部.jpg/
どうして忌部という地名がついたのだろうか。そこには大きな歴史ロマンがひそんでいる。 玉湯と忌部の両地区にまたがる形の山 “花仙山(かせんざん)”(199m)は古くからメノウの産地として知られていた。特に忌部側から美しい赤メノウの原石が豊富に採れる。このメノウを使って両地区では、弥生時代末(3世紀中頃)から平安時代(11世紀)までの700年間、勾玉や管玉が大量生産された。日本最大級の玉生産だった。(全部で約50か所の玉作り工房跡が見つかっている。その内12か所が忌部地内。当時は出雲を代表する工業地帯だった。また玉作りをする村人たちのリーダーの墓と考えられる古墳も3か所確認できている。) 中でも奈良時代には、天皇に仕える中央豪族、忌部氏が玉湯・忌部両地域を“忌部(いんべの)神戸(かんべ)”という玉作り専門の場所として管理し、大量の玉を作らせた。忌部氏が直接支配をしていたことをうかがわせるのは、忌部神社の祭神として忌部氏の祖先 “天(あめの)太(ふと)玉(たまの)命(みこと)”が祀られていることである。 忌部という地名は、おそらくこの忌部神戸と忌部神社に由来するだろう。特に忌部氏の氏神が祀られている点から、ここ忌部は大変重要な所ではなかっただろうか。(宍道正年) (忌部公民館 まち歩きマップより)
観光・商業施設 3.0
金融機関 1.0
公共施設 3.0
公共交通機関 1.0
教育・子育て 3.0
医療機関 1.0
高齢者福祉 1.0
障がい施設他 3.0
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